研究論文における理論的根拠の書き方

研究の理論的根拠は基本的に、アドバイザーや査読者、編集者があなたの研究成果を批評するときに抱く「それで?」という疑問に答えるものです。説得力のある理論的根拠を挙げることができれば、論文がジャーナルに掲載される可能性や研究計画に対して助成金が下りる可能性が高まるわけです。本記事では研究の理論的根拠がもつ意義や要素、キーポイントに着目し、説得力のある説明をする方法をご紹介します。

最終更新日:2022年9月19日

two researchers in the process of writing the rationale for a research paper

研究の理論的根拠とは、そもそもその研究にどうして取り組むことにしたのかという動機です。つまり、疑問を抱いた理由やリサーチギャップがこれに当たります。研究の目的や新奇性、研究コミュニティや社会にもたらす意義を正当化する理論的根拠は、研究発表の中でも非常に重要な部分を占めることが多く、資金調達の際のアピールだけでなく標準的な研究論文においてもキーポイントになっています。

研究の理論的根拠は基本的に、アドバイザーや査読者、編集者があなたの研究成果を批評するときに抱く「それで?」という疑問に答えるものです。説得力のある理論的根拠を挙げることができれば、論文がジャーナルに掲載される可能性や研究計画に対して助成金が下りる可能性が高まるわけです。本記事では、研究の理論的根拠に関する次のような項目についてお話します:

  • 研究の理論的根拠を提示する意義
  • 理論的根拠の要素とキーポイント
  • 説得力のある理論的根拠を書く方法

研究の理論的根拠とは?

研究の理論的根拠は、学術的な背景に基づいてあなたの研究が必要かつ重要であることを説明する一連の理由だと捉えることができます。研究の正当化や根拠、論文ステートメントなどと呼ばれることもあります。

基本的には、あなたの主張が他の研究者による成果の繰り返しではないことや、逆に根拠なく湧き出た空説ではないことを読者に納得してもらうのが目的です。したがって研究の理論的根拠では、事前の背景調査によってあなたが突き止めたリサーチギャップについて説明することになるわけです。

さて、研究の理論的根拠は序章の後半に書かれるのが一般的です。『Nature』や『Science』といったインパクトファクターの高い学術誌に目を通せば、このセクションがきちんと明記されていることがわかるはずです。具体的には「この論文で示されるのは(in this paper we show)……」といった書き出しで始まる文章の中で、一連の情報が次のような順序で理路整然と展開されているはずです(順序は異なる場合あり):

では、SNSがティーンエイジャーの生活に与える影響に関するCataldoらによる研究(2021)を例にとって具体的に見てみましょう:

研究の背景やリサーチギャップ、理論的根拠および目的が論理的に組み合わされていることに注目してください。

この例では研究の目的が理論的根拠の前に置かれています。しかし、論理的に筋が通っているため順序の入れ替わりは問題ではありません。この説明によって、読者は執筆者の思考過程を追いかけながら研究の基盤について納得することができるのです。

研究の理論的根拠の要素

さて、研究の理論的根拠では、研究の背景や先行研究の俯瞰にはじまりあなた自身の研究の狙いや目的に至る流れを論理的に追いかけなくてはならないわけですが、この説明は少し抽象的過ぎるかもしれません。では、具体的にはどのようにしたらよいのでしょう?研究の理論的根拠を組み立てる方法として便利なのは「なぜこの研究は必要かつ重要なのか?」という問いかけに答えることです。「これまでに一度もなされていないから」というのは多くの場合、唯一の理由ではないはずです。どうしてその現象についてさらなる知見を得る必要があるのか根拠を挙げて説明できないのであれば、そのような説明は避けるべきでしょう。

ここで、序章をうまく書くには3つのキーポイントがあります:

  1. 研究の背景は何か?
  2. 何がすでになされているのか?(あくまであなたの研究に関連する情報であり、先行研究の概説ではない)
  3. 研究の理論的根拠

それでは、先ほどの問いかけにどのように答えたらよいのか見ていきましょう。

1. 本研究は学問的知見や理解を補完するものである

先行研究の不備について取り上げ、あなたの研究ではどのように修正されるのか説明する場合です。このケースでは以下のような不備に言及することができるでしょう:

  • 方法論の限界:先行研究に用いられている方法論(研究設計や研究アプローチ、サンプリングなど)に何らかの問題がある場合:この例の場合、先行研究では「健康的な高齢者における認知機能低下の予兆」という観点から「無関心」を探究することができていない、という主張がなされています(Burhan et al., 2021)。もちろん、老化に伴うその他の神経心理学的疾患については、膨大な知見の蓄積があります。したがって、この研究で必要となるのは「無関心の認知的・臨床的・神経学的な相関に対する理解を深め、根底にあるメカニズムを分析」ことだというわけです(Burhan et al.,  2021)。
  • 状況の変化:外部要因が変化したことで先行研究の意義が小さくなったり、なくなったりしてしまった場合:たとえば、新型コロナウイルスの世界的流行がシチリア島を訪れる観光客数に及ぼした影響を評価する実証研究について考えてみましょう。シチリア島の観光客数を決定づける要因について調査した先行研究はすでに存在するかもしれません。しかし、それがコロナ禍以前のものであれば、再調査する意義が生まれるわけです。
  • 概念上の限界:先行研究が特定のイデオロギーや理論的枠組みにとらわれ過ぎている場合:たとえば、英国人作家E・M・フォースターの作品は、その社会的・政治的・芸術的側面について多岐にわたる研究がなされてきました。しかし1990年代以降、若い研究者たちによってフォースターの作品をゲイ文学として再解釈する試みがなされるようになっています。その際、先行研究は同性愛嫌悪のイデオロギーに基づいているという指摘が再解釈の必要性を訴える根拠となったわけです。基礎研究や理論研究において最も一般的な理論的根拠はこのタイプです。

2. この研究は特定の課題の解決に役立つ可能性がある

このケースでは問題や不備を抱えるプロセスに着目して理論的根拠を主張します。たとえば、週末の医療ケアは質が低い(スタッフ不足・不適切な対応など)という不満が患者たちの間に広まっているとしましょう。しかし、誰もまだこの事実に注目していません(データ不足)。そこで、あなたは、本当に週末の医療ケアは質が低いのか調査し、どのように対応すればよいか研究するわけです。これは、すなわちリサーチギャップということになります。

また、特定の具体的な活動について研究することもできます。たとえば、日本の食料品市場に参入する際にとり得る複数の戦略についてメリットとデメリットを調査するといった具合です。

重要なのは従来の問題を詳しく説明し、あなたの解決法の実用的なメリットを強調することです。1つ目の例の場合、ヘルスケアサービス改善に向けた提案をすることが実用的な貢献に当たります。

2つ目の例では、日本の食料品市場に参入しようとしている企業に判断材料を提供することが研究の貢献となります。応用研究や実践研究において最も一般的な理論的根拠はこのタイプです。

3. 自分こそこの研究をリードするのにふさわしい

とりわけ、研究計画書を提出して助成金の申請を行うような場合、その研究を遂行する上であなたに自分ならではの強みがあることをアピールできればプラスアルファになります。たとえば、エチオピアにおけるジェンダー規範の研究を志す文化人類学者の場合、同国で数年間生活した経験(民俗学的な経験)があり、アムハラ語(エチオピアの公用語)に通じているとしたら非常に有利になるわけです。また、多分野横断的な研究プロジェクトをリードするなら、専門分野の異なる協力者に知見を補ってもらうのがよいでしょう。異なる分野の研究者はあなたにはない技能や新たな視点をもたらしてくれるほか、最新の技術やデバイスといった恵まれた環境を提供してくれる可能性もあります。また、信頼できる共同研究者との協力関係は研究の信頼性やインパクトを高めることになるため、研究そのものの必要性を主張しやすくなるはずです。

研究の理論的根拠はいつ書けばよいのか?

研究の理論的根拠は研究遂行の前に準備するのでも後から執筆するのでも構いません。事前に準備するケースでは、新たな研究のアイデアを思いついたり助成金の申請を行ったりするとき、あるいは学術誌の特集や学会への参加を検討するときに書き起こすことになるでしょう。たとえばこちらの例では、「無関心」が老化に伴う神経心理学的な疾患に及ぼす影響に関する研究の収集が図られています。

一方、後から執筆する場合には、研究を完遂しジャーナル投稿用の研究論文を書き上げる段階でこの作業に取り組むことになります。研究プロセスを振り返り、どうしてその研究を行ったのか、そしてどのような結果が得られたのか説明しましょう。

さて、研究の理論的根拠は序章の一部ですが、一番良いのは最後に執筆することです。こうすることで自分の立場からいったん距離を置き、より広い視野で研究成果を捉えることができるからです。こうなれば、どうしてその研究が必要かつ重要なのか読者に納得のゆく説明をするのも簡単になるはずです。

研究の理論的根拠の長さはどのくらい?

研究の理論的根拠の長さに一般的な規定はありません。もちろん、投稿先ジャーナルや後援者のガイドラインに指定があればそれに従います。有名誌『Nature』の場合、掲載論文は内容にもよりますが6~8ページに収まるよう求められています。したがって、序章は200語程度、研究の背景や理論的根拠の概要説明に使えるのは2~3文となり、これを序章の最後に配置することになります。

ガイドラインによる指定がない場合には、次のような条件に留意してください:

  1. 研究書:学位論文や研究書の場合、研究の理論的根拠はジャーナル記事の場合よりも長くなる傾向があります。たとえば、第一次世界大戦の集合的記憶を探究したこの研究書では、10ページあまりにわたって背景と理論的根拠の説明がなされています。
  2. リサーチクエスチョン:新たな下位分野の研究では、リサーチギャップを埋める研究の場合よりも詳細かつ長い説明がなされるのが普通です。

研究の理論的根拠に用いられる時制は?

現在形を用いるのがベストです。しかし、研究計画書では、プロジェクトによって得られると期待される成果(リサーチギャップや問題の解消など)を説明する必要があるため、未来形で書くのが自然だということになります。

研究の理論的根拠の例

リサーチクエスチョン:欧州市民としてのアイデンティティが形成される過程とその特徴を教育者たちはどのように捉えているのか?

参考文献

Braun, V., & Clarke, V. (2006). Using thematic analysis in psychology. Qualitative Research in Psychology, 3(2), 77-101.

Burhan, A.M., Yang, J., & Inagawa, T. (2021). Impact of apathy on aging and age-related neuropsychiatric disorders. Research Topic. Frontiers in Psychiatry

Cataldo, I., Lepri, B., Neoh, M. J. Y., & Esposito, G. (2021). Social media usage and development of psychiatric disorders in childhood and adolescence: A review. Frontiers in Psychiatry, 11. CiCe Jean Monnet Network (2017).

Guidelines for citizenship education in school: Identities and European citizenship children’s identity and citizenship in Europe.

Cohen, l, Manion, L., & Morrison, K. (2018). Research methods in education. Eighth edition. London: Routledge.

de Prat, R. C. (2013). Euroscepticism, Europhobia and Eurocriticism: The radical parties of the right and left “vis-à-vis” the European Union P.I.E-Peter Lang S.A., Éditions Scientifiques Internationales.

European Commission. (2017). Eurydice Brief: Citizenship education at school in Europe.

Polyakova, A., & Fligstein, N. (2016). Is European integration causing Europe to become more nationalist? Evidence from the 2007–9 financial crisis. Journal of European Public Policy, 23(1), 60-83.

Winter, J. (2014). Sites of Memory, Sites of Mourning: The Great War in European Cultural History. Cambridge: Cambridge University Press.

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